やましなさん

若者を繋ぎ、山科に産業を作る

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山科経済同友会 青少年育成委員委員長 岸本哲さん  

 

毎年2月に開かれる山科夢舞台は、来年で第九回を迎える。山科夢舞台とは、地域活性化を目的として開催されているイベントである。当日は山科の学生や団体が、楽器演奏やダンスなど、それぞれの活動をステージ上で発表する。夢舞台の主役は学生であり、実行委員も地元の学生が中心に構成されている。
そうした学生実行委員とともに夢舞台を支えているのが「山科経済同友会」である。今回は「山科経済同友会」の岸本哲さんに、夢舞台への思いを伺った。

インタビュー

一番力を入れている活動は何ですか?

山科経済同友会が一番力を入れている活動は「山科夢舞台」ですね。毎年2月に開催していまして、今年で8回目になりました。夢舞台では山科で活動されている十数団体が参加されます。夢舞台ではダンスや演奏とか、それぞれの活動をステージ上で発表してもらいます。それと並行してロビーでも併設イベントもあります。ロビーでは、色んな学生が考えたイベント、例えば「山科のいいところを書いてください!」ってボードを用意したりとか。

第九回は子育て応援団というイベントもやる予定です。子どもたちがすくすく健康に育てるよう、こんな遊びありますよって。カルタとか紙芝居とかボールプールとか、私らが子供のころに遊んだものを紹介するというわけです。

私らが子どもの頃はまだ田んぼで野球ができた。でも、いまでは「入んな!」と怒られるでしょう。昔はおおらかな気持ちがあったんです。「ゴミ散らかしたらあかんぞ」って言いながらも、散らかしたゴミをお百姓さんが拾ってくれたり。そういういい時代があったんですけど。いまは、ちょっとギスギスしすぎている。でも、子どもって本来そういう育て方じゃないでしょう。だから昔に戻って。オッチャン・オバチャンらはこういうことをしてたんだよ、っていうのを体験してもらう場をロビーに作りたいです。

学生さんが夢舞台に出て頂いたり、見て頂いたりすることって、決してマイナスにはならないと思うんですよ。夢舞台に関わった子たちが大きくなって山科から出て行っても、それぞれの町でそれぞれの夢舞台ができると思うんですね。名前こそ夢舞台じゃなくても、なにかできるはずなんですよ。そうやって地域の活性化が産業に繋がっていき、若い子らの希望に繋がると私らは信じて、夢舞台を開いているんです。

どういう思いで活動されていますか?

繋がりですよね。一人では何もできないです。一緒になって力を貸してくれる人がたくさんいればいるほどいいですし。私らの年代じゃなくて、これから社会に出られる若い方を特に繋いでいきたい。山科の青少年の再犯率は60パーセントもあるんですよ。二人に一人は何回も同じ過ちを繰り返しているということです。これはね、環境が悪いんですよ。これからの子供たちが山科を、京都を、日本を背負っていけるために、大きいことはできないですが、せめて自分の住んでいる地域くらいは、みんなでストレスの発散できる場所をできるだけたくさん作ってあげたいなと。

その一つが夢舞台ですね。

岸本さん自身の夢は何ですか?

いまやっていることをずーっと繋げていって、そこから山科に産業を作るのが夢ですね。山科っていうのは東インターチェンジもありますし。言わば京都の東玄関口なんですよ。そのくせ山科区に来たら「これを食べなあかん」「これを見なあかん」「ここに寄らなあかん」っていうものが無いんです。だから五条通も三条通も京都市に行くための通過点になってしまっている。そこに足を止めてもらえる何かがあれば、山科っていうのをもっと感じて頂ける。確かに地域の仲はいいですよ。行事やイベントごとも多いですし。でもね、経済同友会ができて40年、45年と経ちますけど、その歴史の中でこれっというものを残せていない事実はやっぱり悲しい。だからこそ僕らの世代で残したいっていう思いは強いです。

どういったものを残したいですか?

複合施設ですね。まぁ複合施設って言ってしまえば簡単なんですけど、例えばそこに身障者・高齢者の方が集える場所があったり、夢舞台っていうステージがあったり、名産品が並んであったり。環境・教育・環境・健康・介護。いわゆる、誰もが避けて通れない5Kですね。5Kを携わり従えながら、一つの産業を作りたい。これをどうやって繋げていくんですかって思うでしょう?ぼくもどう繋げていけばいいのか分からないんですけど。とにかく、まだ私には全然力がないから。私一人がそれだけ言っても何にも動かせない。でも、これが5年、10年と経っていって、みんなに認められてもらえていければ、たとえ10年後に完成していなくてもいいんです。計画ができるくらいでもいいんです。

自分が生きている間に山科に何かを残したい。それが無理なら、何かを残すための道だけでも作っておきたい。そこへ行けば山科の何かがあるし、わざわざ遠くからそのために来てくれるというものを。ちょっと抽象的で申し訳ないんですけど。やっぱり大事なのは重ねていくことです。そしたら結果はついてきます。私ができなくとも次の世代、そしてまた次の世代へと重ねていく。そのための道筋、環境を整えていきたいですね。それくらいは僕らの年代でやってしまわないと、あとがしらけていくと思うんでね。こうした思いを昔から変わらず主張しているんですが。やっぱり、若いころは今より全然認めてもらえなかったですし。何考えているか分からへんと言われたり、足を引っ張られたり。悔しい思いもいっぱいしました。それでも、なんとかここまで来れたわけですから、これからも続けていきたいですね既成概念を自分の信念のもとに崩していく。これは大学生しかやったらダメとか、高校生は来たらダメとか。祭りとかもそうですよね。トラブルを防ぐために中学生以下は参加したらいけませんって。そういう既成概念を無くしていきたいんですよ。その代り、言うたからには責任が発生します。

「せっかくの祭りなんやから、中学生も来たらいい」で終わるんじゃなく、自分たちで中学生を守る。それができないのであれば、ただの口だけですよ。言ったからには全ての泥をかぶる。まぁ政治家みたいになってしまいましたけど(笑)

更新日:2020年11月4日
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